2008年7月27日 (日)

ベー・チェチョル~百年にひとりのテノール歌手

  ひとつ前のブログは、一応 音楽業界で職を得ている姪が書いたものですがきまぐれ歌人としても補足したい。姪からベーチェチョルさんのあるコンサートに行かないかと誘いがあったのは、6月の末だった。オペラ歌手で百年にひとりの声を持っている人だと。甲状腺の癌で貴重な声を失ったとか。詳しくはインターネットで輪嶋東太郎さんで検索するようにという短い案内だった。調べたら、最近のNHK-TV総合のドキュメンタリー番組に紹介された人物だった。そういえば、私もその放送を途中から見たことを思い出した。NHK-BSで昨年末に2時間で放送されたが反響が大きくて総合でも1時間に短縮して放送したこともわかった。韓国で生まれたベーチェチョルさんは22歳でイタリアに留学し優秀な成績で有名な音楽院を卒業し、たくさんのコンクールに上位入賞し、ドイツのとある地方都市の劇場で専属契約をして活躍していたが、甲状腺の癌が発見されて、切除する手術を受けたが思いもかけない結果が待っていたのだ。声が出ない。日常会話さえ厳しい。話は遡るが、癌の手術をする前年だかその前だか 良質のオペラを海外から招いて公演している 音楽プロデューサーの輪嶋東太郎さんの目にとまり たしか2回ほど東京のオーチャードホールでオーケストラ形式のオペラに出演していた。輪嶋氏が生きている間に聞けるとは思わなかったという百年にひとりのテノール歌手のベーチェチョルさんの声をなんとかする方法はないのかと奔走した結果、京都大学名誉教授の一色信彦氏(甲状腺の世界的権威の医者)に診察を受けさせて、可能な回復手術を行う。ドイツでは出なかった声が出るようになったが、横隔膜の神経が痛んでいて本来の声にははるかに及ばないこともわかった。輪嶋氏はそちらの専門家も探して診察を受けるのだ。はてしない難解なリハビリに励むベーチェチョルさん。一時は職業のテノール歌手は完全にあきらめたけど、輪嶋氏の行動と励ましで、いま、再びステージに上がるために、声を取り戻すための訓練を続けている。手術前に東京公演で歌ったフイルムを見た。ベーチェチョルさんの声は 私が聞いてもアジア人の声ではない。ヨーロッパ人の声だった。この声なら、一度聞いたひとはフアンになるはずだ。私はたった一度だけ、ウイーンのオペラ座で フィガロの結婚 を見て感動したのだが、姪は毎年ウイーンでオペラを見ているので、絶賛している。アジア人の声ではないわ。輪嶋氏の見る目にも感嘆している。 フイルムコンサートのような支援者のつどいで初めてベーチェチョルさんを見た私の感想は、 両国あたりで見かける 幕下付け出しの新米力士かと思った、理由はちょっと太めで 髪の毛がちょっと長い けども 手術前のフイルムを見て歌を聞いて人々は驚くに違いない。 女優の吉行和子さんと富士真奈美さんと岸田今日子さん(今は亡き)の仲良し三人は輪嶋氏を通じてベーチェチョルさんの歌に感動して支援者になったようです。この日も吉行和子さんは参加して話をしていた。 ベーチェチョルさんはまだ39歳です。必ず声を取り戻して再びオーチャードホールの舞台に立ってもらいたい。 輪嶋東太郎氏は、腰も低くて大きな将来性を持った大物に違いない。つづく

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べー・チェチョル

  「夜明けを迎える時、私は勝利する、必ず勝利する!」トゥーランドット~誰も寝てはならぬ~テノール歌手ベー・チェチョルさんが来日して、元気な顔を見せてくれた!今回は、ラブソナタ横浜にゲスト出演する為に。その前にオペラシティ・リサイタルホールにて、特別にファンと支援者ひとの集いが行われた。テレビでは何度も観ていたものの、こちらも朝から、かなりの緊張感と祈りで、彼を迎えた。~本人によるこれまでの経過と現状の報告・フィルムコンサート~心が止まった・・・”感動”と言う言葉では表す事はできない・・・良い意味でのショック状態・・・人の心と心が向き会う時、一瞬にして大きなエネルギーが生まれる。神が与えて下さった尊い時間に、ただ、ただ感謝します。神がなさる事は、すべてその時にかなって美しい。その時手に入れたCDがあまりにも素晴らしく、コメントの内容も輝いているので、ここに引用させて頂きます。~「べーさんの声には、ただ単に”良い声”と言うのではなく、人にエネルギーや勇気を与える”なにか”がある」一色信彦名誉教授。「声を失ってから7ヵ月後、彼がそこで初めて歌ったのは、神への感謝を表す賛美歌であった。~彼の演奏に接した多くの人びとが口にする、彼の歌声にある「なにか」、それはきっと、あの時の場で彼が歌ったあの賛美歌に込められた思いの中にある。私にはそう感じられた。苦しみが昇華したところにある、希望と感謝に満ちた素朴な心、人生に対する彼の思いそのもの・・・あの悲しい知らせから今日までの間に、私たちが見た多くの人の美しい純粋な姿、彼に歌声を取り戻させようと、それぞれの人がそれぞれの立場で注いだ真心、そしてそれを受け取って、絶望の淵から再び奇跡を取り戻し前に歩き出したべー・チェチョル。私はそのこと自体が既に奇跡なのだと感じている。他者への限りない共感を私たちの心に呼び起こす「愛」と言う名の「音楽の奇跡」べー・チェチョルがそれを体現したのだ。そしてこのCDにはそういうものが一杯詰まっている。」輪嶋東太郎。べー・チェチョルさんのCD完成インタビューより 「~人はどんな人生を送っていても、その人にしかわからない苦しみや悲しみを背負って生きていると思うのです。~  今私自身もこうして新たな試練を受けて生きることになりました。でもこのCDは、私自身にその試練を超える勇気と力、そして希望の光を与えてくれたような気がします。CDを聴いて下さる人が、音楽の持つそのような力を感じて下されば、私は本当に幸せです。今回自分に与えられた試練を、今は神様に感謝しています。」 つづく

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2006年12月 8日 (金)

ウイーンならではですな

  はじめて、音楽の都 ウイーンに旅をしたとき プラハまで特急列車に

乗りましたが その特急列車の名前が ドボルザーク号でベルリン行き

だった。 その後、モーツァルトの生地 ザルツブルクには パリ行きの

モーツァルト号という特急列車だ。 あと まだ乗っていないのは

ワルシャワ行きにあるという ショパン号という列車である。

 しかしまあ ウイーンの主要な駅から出発する特急列車の名前の

豪華なことよ。 停車駅名などをプリントしたパンフレットにその名を

書いてあり、大切に保存しているつもりだが 整理整頓のまるでだめ

な私には探し出すことは容易ではない。

  それにしても 超有名作曲家の生地を通る国際特急列車に

その名前をつけるという素晴らしさ。 ちなみに わたしは

モーツァルトが大好物 あ モーツァルトの音楽だわ。

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