ひとは必ずいつか死ぬ
最近、友人の身内が死亡することが3件続いた。 81歳と86歳と91歳だ。 父親、母親、姑。 81歳でめずらしい癌の発症で医師の予告どおりに3か月未満で静かに息を引き取ったそうだ。 本を読むことが好きだったらしい。 本棚にあったのは なぜ生きる(高森顕徹監修) と 理想的な死に方(天外伺朗著作) だった。几帳面な人物だったらしくて 購入日や新聞の広告を切り取って貼ってあった。 なかなか思いどおりに進まず生涯にわたり貧しい生活だったようだ。 忍耐強い配偶者にかなり八つ当たりをする人物だったみたいだ。
86歳で一人娘の手厚い介護で人生を終えた女性は、母娘ともにいわゆる恵まれた豊かな青春時代とその後を世界の観光地で撮影した数々の記念写真が部屋にあふれているに違いない、このあと屋敷に招かれているので今のとこ想像だ。
91歳の姑を同居36年の人生でついに見送った友達は旧家の生まれだったので、いやみも言われたらしい。 36歳で配偶者を突然の病気で亡くし、女手ひとつで娘と息子を育てながら、配偶者が事業を開始してまもなくだったことで設備投資の借金を返したというスーパー未亡人だった姑。 つい最近まで共働きの息子夫婦と社会人のふたりの孫の夕食をひとりで作っていたというのだ。 気丈で実行型の姑は死の前日まで、私はまだ大丈夫、早く家に帰りなさいと見舞いを大げさにしないように発言していたらしい。 しっかりした女だったから100まで生きるようにも見えたというが、死ぬときって案外あっけないようだ。 どの人物の死にも。 つづく
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